私の近況、それは掃除

このところ又ブログをサボってしまっていた。

書きたいことが無かったわけではない。

しかし、いかんせん私は書くのが遅いのだった。

アニメ等の感想を書こうと思いたっても、決して一発書きは出来ない。

恥ずかしいが、何度も読み返しては書き直している。

そうでないととても読めたものではない。

内容的にも文法的にもだ(苦笑)。

書きたいなぁと思いながらぐずぐずしているうちに、えっ!?もう放映終わっちゃたよということもよくあるのが悲しい。

といってもある程度時間をかければ書けるはずだが、このところの私はその時間の多くを家の掃除に費やしていたのだった。

〈言い訳終わって、やっと本題に入りました・笑)


実は私は昔から片付けが苦手である。

よくいう捨てられない人というやつだと思う。

紙袋や包装紙、商品にくっついていたオマケのマスコットなどは勿論、観光地の絵はがきなんてものまで保存してしまう類の人。

こういうことをしていると、家のあちこちに何が入っているのか分からない箱が渦高く積み上がってしまうことになるのだった。


先頃病気をした私は人生の時間は自分が思うより短かいものかもしれない、不慮の出来事でふいに終わりがやってくるかもしれないと思うようになった。

じゃあ漫然と暮らしていてはマズいのでは?ちょっとは身の回りの整理でもしよう、ということで掃除を始めたのだった。

結果、冷静に判断すると私が後生大事に保存していた物はいらない物が大半だったかもしれない(笑)。

最初は捨てたくないなぁと思う気持との葛藤もあったが、日がたつにつれてだんだん「捨てると気持ちがすっきりする?」という境地になってきた。


捨てられずに保存していた物にはその当時の思い出があった。

そう、私は物を残したかったのではなく思い出を取っておきたかったのだと思う。

自分が自分であるためのより所として。

いろんな物を所有することでアイデンティティを保っていたのかもしれない。


しかし最初の葛藤を越えて物を捨てていくと不思議と何かから解放されていくような気がした。

思い出の積み重ねで自分を保っていた気になっていたが、同時に自分が思い出に拘束されていた面もあったのかもしれない。

捨てることでそれまでの自分から脱皮できるきっかけを見つけた気がしたのだった。

これはなんだか快感だ。


こういう気持ちが高じると反対方向に大きく振れる危険性もあるかもしれない。

捨てる快感が癖になったらそれはそれで問題かも?とも思うのだった。

気持ちがすっきりするという理由で物を捨てるのは本来の趣旨から外れている気もする。


捨ててもいいものが山のようにあって、本当に必要なものってほんの少しかも、いや、突き詰めれば何もないかも。

でも何もないと強い信念や確固たる自己なんて持ち合わせていない私なんぞは、自分が何者かもあいまいになってしまうかもしれない。

私をつないでいたものが何もなくなって、私は無になってどこかへ漂流してしまうかもしれないなぁと心配になってきたのだった。


ということで、あくまで冷静な判断での掃除をしたいと思っている。

必要な物を必要なだけ所有する、きっとこれが理想なのでしょう。

でも、未熟な私にとってはこの判断、実行はなかなか難しいなぁ…(苦笑)。


ウチの女子大生が昔作ったお家に入居された総統

そんなこんなを考えながら、掃除をしていて見つけたものを利用して私のデスラー総統に素敵な(?)お部屋を作ってみた。

これはウチの女子大生が幼き頃製作した「お部屋づくりのキット」の完成品である。

ラビッツルームと額縁の上に書かれているようにウサギも紙粘土で彼女により製作されていた。

そのウサギさんには退去してもらってお部屋を総統にお貸しした。

総統、私の入院中はもちろん、退院してきてからも机の片隅に放置してて申し訳ありません。

たまたま見つけたのを総統にあてがった…なんて後ろめたさもなきにしもあらずですが…(汗)。


私 :「総統、どうです、こんなのが掃除中に発見されたんです。お部屋としてお使いください。」

総統、ご感想は?「うーん、狭いねぇ…」

総統:「ファンシーすぎやしないかね?」

私 :「でしょうか?サイズ的には有りだと思いますが、」

総統:「少々窮屈に思うが」

私 :「ほら、狭い方が落ち着くなんてことはありませんかね?」

総統:「ないね。私は小動物ではないからね。」「しかし…、こうした会話も久しぶりだからな、まあ、君も退院したことだし、祝いを兼ねて大目にみてやることにしようかね。」

私 :「総統、ありがとうございます。又、よろしくお願いしますね!(LOVE!!)」


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